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大阪地方裁判所 平成4年(ヨ)2218号 決定

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別紙当事者目録記載のとおり

右当事者間の頭書事件につき、当裁判所は、債権者に担保を立てさせないで、次のとおり決定する。

主文

一  債権者が、債務者の従業員たる地位を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金三四万一三四〇円及び平成五年三月から本案の第一審判決言渡しに至るまでの間毎月末日限り右同額の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用はこれを三分し、その二を債務者の、その余を債権者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が、債務者の従業員たる地位を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成四年七月から、毎月末日限り金三四万一三四〇円を仮に支払え。

第二当裁判所の判断

一  争いのない事実

1  債務者は、電気工事の設計請負等を業とする株式会社である。

2  債権者は、昭和六二年六月五日、債務者に雇用された。

3  債権者は、債務者代表者と昭和六三年三月ころから男女関係を有するようになったが、平成二年一二月ころまでに同関係は解消した。

4  債権者は、平成三年一二月三日、債務者が債権者を総務部総務課課長、同部経理課課長から工務部付勤務を命ずる旨の辞令を発したことから、同年一二月二〇日、債務者に対し、配置転換の効力停止等を求める仮処分命令を申立て(当庁平成三年(ヨ)第四一四一号事件)、平成四年三月二七日、当庁において、債務者が債権者に対し、毎月最低手取額金二五万円の給与並びに通勤手当及び平成四年四月から同年六月まで住宅手当として毎月三万円を支給することを確約すること、解決金として金六〇万円を支払うこと、債権者が平成三年一二月三日以降債務者の工務部付の地位にあることを確認すること、債権者に対し右紛争を理由として一切不利益な取扱いをしないことを確約すること等の内容による和解が成立した。

5  債務者は、平成四年六月二七日、債権者に対し左記理由により同日付で解雇する旨通告し、解雇予告手当として金三二万三三七〇円(小切手)を提供した。

(1) 勤務時間の満足の不徹底

(2) 勤務時間内の他社員への話しかけによる悪影響

(3) 電話受信時の不適切な対応の注意から刑事事件迄発展させる、社員としての基本的態度の欠落

なお、債権者は、同年七月二九日、債務者に対し、前記金員を未払賃金の一部として受領する旨通知した。

6  債権者は、債務者から、毎月二〇日締め末日払により、左記のとおり賃金の支払いを受けていた。

平成四年四月 金三四万二七九九円

五月 金三四万七〇九六円

六月 金三三万四一二六円

(三か月平均 金三四万一三四〇円)

二  争点

本件では、債権者の解雇を相当とすべき事由の存否が争点となる。債務者は、債権者を解雇した事由として以下のとおり主張する。

(1)  勤務時間の不遵守

債権者は、債務者の業務開始時間が午前八時三〇分であるのに、毎日のように他の従業員が仕事を開始し始めたころに出勤してくるため、平成四年四月中ころ及び同年五月初めころに債務者代表者が注意を与えたが、その注意を無視して右のような出勤状態を続けた。また、債権者は、勤務時間中、口実を作って外出したり、外出時間が必要以上に長いことがしばしばあった。ことに、平成四年四月一〇日、債権者は、債務者の山本渡支男部長(以下、「山本」という。)の依頼で古谷鉄工の見積書を梅野エンジニアサービスに届けるとの口実で外出したが、その後、同見積書は山本部長によって届られていることが判明したので、債務者代表者が注意を与えたが債権者はこれを無視して改めなかった。

(2)  勤務時間中における他の従業員への私語

債権者は、勤務時間中に、仕事をしている従業員に対し、債務者や債務者代表者、その妻及び他の従業員の悪口や、前記和解に対する不満を話しかけてくるので、他の従業員が業務を妨げられるばかりか、疑心暗鬼に陥り、職場の雰囲気が悪くなった。これに対し、債務者の岡崎秋男部長から注意を与えたが、債権者は改めなかった。

(3)  従業員の自宅への電話

債権者は、勤務時間外に他の従業員の自宅にしばしば電話し、前記同様の悪口を告げた。

(4)  債務者の取引先への告げ口

債権者は、債務者の取引先に対しても、前記同様の悪口を告げて回った。

(5)  電話受信時の事務処理

債権者は、電話を受信した場合、内容に応じて担当者に電話を回して適切な事務処理ができるように取り計らわないで自ら電話に応対することがしばしばあり、そのため情報が正確に伝達されないことがあった。これに対し、債務者の塚本勝美部長(以下、「塚本」という。)が債権者に注意したことから、暴行被疑事件にまで発展し、警察の捜査を受ける事態に至った。

また、平成四年六月二二日、債権者が、受信した電話を担当者に回さず自分で処理しようとして、その措置が不適切であったため取引先との間にトラブルが発生した。

(6)  勤務時間内の行動

債権者は、自己と不倫の関係にある山本と、勤務時間中に私的なことで口論をしたため、他の従業員から、非常識な行動を非難されている。

三  当裁判所の判断

1  勤務時間の不遵守の点について

疎明資料(〈証拠略〉)によると、債権者の勤務状況については、外出後の帰社の遅れ(平成四年四月―三回、同五月―六回)や私用外出(同年六月―三回)がみられたことが一応認められる。

債権者は、その理由として銀行での待ち時間や交通渋滞等の事情を主張するが、仮にそのような事情が存在したとしても、渋滞が予想される場合には自動車の使用を避けたり、適宜帰社の遅れを連絡し、あるいは事後的に事情を説明する等の措置をとる必要があったというべきであるから、債権者の勤務時間に対する態度には、節度に欠ける点があったことは否定できないところである。

ただし、債務者は、債権者は業務開始時間に遅刻して出社するのが常態となっていた旨主張するが、債権者において、遅刻が常態となっていたとまで認めるに足りる疎明はない。

なお、平成四年四月一〇日に、債権者が、古谷鉄工に見積を届けるとの口実で外出したとの点については、疎明資料(〈証拠略〉)によると、債権者は、山本の指示により当該見積書を枚方市所在の小倉産業株式会社第二工場まで届たものであることが一応認められるから、勤務時間の不遵守というにはあたらない。

2  勤務時間中における他の従業員への私語の点について

疎明資料(〈証拠略〉)によると、債権者は、勤務時間中、他の従業員に対し、債務者代表者等を誹謗する言動をし、他の従業員に少なからず不快感を与えていたことが一応認められる。

3  従業員の自宅への電話の点について

疎明資料によれば、債権者が債務者従業員の自宅に電話をかけて、債務者に関する苦情等を述べたことがある事実は一応認められるが、そのような行動をとっていた時期は平成三年八月ころまでである(〈証拠略〉)と認められる。しかるに、その後、前記のとおり平成四年三月二七日に、債権者・債務者間に成立した和解において、債務者は、債権者に対し、同紛争を理由として一切不利益な取扱いをしない旨確約しているのであるから、この点を今回の解雇の理由とするのは相当ではない。

4  債務者の取引先への悪口の点について

疎明資料(〈証拠略〉)によると、債権者が、下請業者や取引先等に、債務者を誹謗するような言説をなしていたとみられるふしがないわけではないが、それ以上に、その時期や具体的内容は明らかではない。したがって、結局、この事由が解雇の理由とするに足るものであることまでは、疎明によっても認めることができない。

5  電話受信時の事務処理の点について

債務者は、電話を受信した場合の債権者の応対の仕方に不手際があるため、塚本が債権者に注意したことから、暴行被疑事件にまで発展し、警察の捜査を受ける事態に至ったことを、本件解雇を理由付ける事情として主張するが、疎明資料によれば、同事件が発生したのは、前回仮処分事件が係属中の平成四年二月一三日であり、その後前記のとおり、債権者・債務者間で和解が成立している以上、同事件及びこれに付随して警察の捜査を受けたことを、本件解雇の理由とすることは相当ではないというべきである。

また、疎明資料(〈証拠略〉)によると、債務者は、加藤電気商会の下請として、ヒメゴー興産株式会社から姫路貨物自動車株式会社大阪支店増築工事の電気設備工事を請け負っていたところ、平成四年六月二二日に同現場の仮設電気工事を債務者の下請の大和電気工業株式会社責任者藤下が行うことを合意していたにもかかわらず藤下の現場到着が遅れたため、ヒメゴー興産側が加藤電気商会に対し、下請業者の変更を要求する事態にまで発展したことが一応認められる。しかるに、債務者は、その原因を、ヒメゴー興産からの電話受信時の処理に関する債権者の不手際にあると主張するが、(証拠略)によれば、原因は、むしろ債務者と大和電気工業株式会社との間の打合せの不備及び債務者側責任者である塚本の態度にあるのではないかとの疑いもあり、債権者の電話受信時の対応が原因で上記紛争を生じたと認めるに足る疎明はない。

6  勤務時間内の行動の点について

疎明資料(〈証拠略〉)によれば、平成四年三月下旬ころ、山本と債権者が職場で口論をし、その場に居合わせた債務者従業員らに相当な不快感を与えたことが認められる。その内容について、債務者は不倫関係のもつれによる痴話喧嘩であるとし、債権者は前回の仮処分事件の結果をめぐる山本との感情的対立にあったものと主張するところ、その真偽までは定かではない。しかしながら、いずれにせよ、原因が債権者の私事にわたる事項であることは間違いなく、これを理由に職場内で口論に及んだ債権者の態度は、節度に欠けるものであったことは否定できない。

7  以上によると、債務者主張の解雇事由のうち、疎明資料から一応存在が認められるのは、勤務時間の不遵守の点及び他の従業員に対する債務者代表者等を誹謗する言動の点並びに社内での個人的口論の点ということになる。

そこで、これらの点が、社会通念上解雇を相当とする事由となるかについて検討すると、疎明資料によると、これらの事情が、債務者の他の従業員の士気に少なからず影響し、職場の人間関係を混乱させていることがうかがわれ、特段の事情がない限り、これにより解雇も止むなしと判断したとしてもあながち不合理とまでは言い切れないところがある。しかしながら、他方、本件においては、債権者と債務者代表者とが一時男女関係にあったという特殊な事情があり、その解消に至る経過において債権者が債務者代表者に対し相当な不満を抱いていたことから、両名間に感情的なもつれがあって、これが、右にみるような債権者の態度に表れていることがうかがわれ、この点については、債務者代表者にも責任の一端があることは否定できない。もとより、かような私的怨恨を職場に持ち込むことは職業人たる者の態度としては容認しにくいところではあるが、債務者の如き小規模な事業所においては、このような感情的不満が表面化するのを避けるのは困難であると思われ、この点、債権者の心情にも酌むべき面がないとはいえない。かような状況のもとで、右のような事態を招くに至った責任の一端を負うべき債務者代表者が、これを理由に債権者を解雇することは、経営者として信義にもとるきらいがないではなく、ことに前回の仮処分事件において、当事者間に前記のような和解が成立している以上は、当事者双方ともに、右和解の趣旨に則り正常な関係を回復するため誠実に努力すべきであるにもかかわらず、その後、さしたる事情の変化も認められないのに、債権者を右和解のわずか三か月後に解雇したことは相当とはいい難い。以上の事情を総合するならば、現段階においては、本件解雇は、解雇権の濫用にあたるものとして、無効と言わざるを得ない。

よって、債権者は、依然として債務者の従業員たる地位にあり、賃金の支払いを求め得るものというべきであり、被保全権利の存在を一応認めることができる。

8  そこで、次に、仮払いの必要性について検討すると、債権者は、平成元年七月に前夫と離婚後、長男(一八歳)及び長女(一五歳)と同居してこれを扶養し、もっぱら債務者から受領する賃金によって生計を賄っているものであることが認められるから、その生活を維持するために、右賃金月額金三四万一三四〇円の仮払いを受けるべき必要性のあることが一応肯定できる。ただし、右賃金のうち、既に支払期を経過した平成五年一月以前分の仮払いを求める部分については、その支払いを受けなければ今後の生活を維持し難いような特段の事情が存在することの疎明はなく、必要性が認められない。また、本案の第一審において勝訴すれば仮執行宣言を得ることによって仮払いを求めるのと同一の目的を達することができるから、本案第一審判決言渡しまでとすれば足り、これを超える期間の仮払いを求めるべき必要性は認められない。

9  したがって、債権者の申立ては、債務者の従業員たる地位の保全及び平成五年二月分の賃金に相当する金三四万一三四〇円及び同年三月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月末日限り右同額の割合による金員の仮払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の申立ては理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、事案の性質上、債権者に担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 栗原壯太)

〈別紙〉 当事者目録

債権者 甲田花子

右代理人弁護士 武村二三夫

債務者 乙田電気エンジニアリング株式会社

右代表者代表取締役 乙田太郎

右代理人弁護士 河田功

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